このページは 2007年 07月 15日 02時12分36秒 に更新した情報です。

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共感とは?

[ 50] “共感力”で相手の信頼を勝ち取ろう - ニュース - nikkei BPnet
[引用サイト]  http://www.nikkeibp.co.jp/archives/386/386792.html

一般的に、「話し上手は聞き上手」とよく言われます。脳の機能に関する最近の研究でも、「言葉を作る場所」は、「言葉を理解する場所」でもあることが分かってきました。つまり、話し上手が聞き上手であることは、脳科学的にも本当らしいのです。 とはいうものの、人の話をとにかくじっと聴くというのは、簡単なようでいて案外難しいものです。仲間と話をしているときだって、ついつい突っ込みを入れたくなったりしませんか。相手の話に意見をはさみたくなっても、グッとこらえて黙っているのは、結構ストレスがかかるものです。 実は、「相手の話を聴く」という行為は、相手の話に感動、共感できる“感性”を持っていなければできないことなのです。逆にいえば、感性を持つ人とは、「人の話を黙って聴ける人」といってもいいでしょう。 もちろん、相手の話を聴くといっても、ただ聴いているふりをするだけでは、すぐに見抜かれてしまいます。例えば、相手の悲しい話に本当に自分も悲しくなることができれば、それは“同情”ではなく、“共感”ですよね。この、共感によってこそ、相手を癒すことができ、また相手からの信頼も得られるのです。 聞き上手な人は共通して、「この人は自分に共感してくれている」と相手に思わせる能力、つまり“共感力”に優れています。相手を受け入れるだけの感性があるということは、素晴らしいことなのです。 では、どうやって共感力を養えばいいのでしょうか。そのための練習として、まず、自分の意見は言わずに、じっと相手の話を聴き続けることをやってみてください。 初めは苦痛かも知れませんが、次第に相手が何を望んでいるか、どこで共感して欲しいかが分かってくるものです。そうやって徐々に、どんな人に対しても自分の感性で受け入れられるようにしていけばいいのです。 脳にとっても、ひたすら聴き役にまわってみることは、時には必要です。話さないことは、出力を抑え、入力を増やし、また情報の整理にもなるからです。とにかくじっと人の話を聴き、意見をはさみたくなってもグッと抑えることで感じる違和感が、脳には刺激になるのです。イラストレーション/川崎のりこ(PLUM GRAFIX)■「nikkeibp.jp健康」7月21日号:その他の最新記事・“よい汗”ってどういう汗?・お風呂の汗腺トレーニングで“大汗知らず”・就寝後のエアコン、タイマー1.5時間は最悪!?・熱中症予防には“麦茶と梅干”がお勧め・汗をかくほどミネラルも喪失・私の本棚:昔は「タダ」と思いこんでいた水が日本では巨大産業へ---『ウォーター・ビジネス』(中村 靖彦=著)記事トップにもどる
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[ 51] 【2】共感について
[引用サイト]  http://syass.kwansei.ac.jp/tatsuki/Thesis97-98/CL/5kyokan.html

悲しい映画を見て、もらい泣きをしたり、子供のはしゃぐ声に何となく明るい気分になったり、仲間が出場している試合では、つい手に汗を握るといったことは日常よく経験することである。人と人とがかかわりあいを持つ場合には、そこにかならず何か通いあうものがあるといってよい。
人間関係の中にあって、お互いに相手を理解するためには、コミュニケーションをつうじて頻繁に情報を交換することが必要である。この場合、情報は論理的なものに限らない。たとえば、きわめて事務的な話し合いの場合でも、聞き手にこれは確信のある内容だと思わせるのは、話の論理はいうまでもないがそれ以上に、身振り、態度、表情、言葉のイントネーションなど、いわゆる非言語的な方法を通じて、話し手の確信の感情が伝えられる結果である。情報が理解できたというためには、それがモールス信号や活字にされても理解できる部分と直接相手にあってわかる部分とがあるようである。後者は言外の手段を通じて伝えられる感情のコミュニケーションが重要な役割を持っていることを示している。
さて、共感という概念はあいまいで多義である、その語源と翻訳に関係しているようである。 共感に関する概念は、リップス (Lipps,1909)のEinfuhlung(感情移入)が源とされることが多い。その英語訳が、Empathyといわれている。日本語訳はEinfuhlungを(感情移入)、 Empathyを(共感)とすることもある。また、英語にはこれと類似語にSympathyがあり、この日本語訳としては(同情、同感)としたり、また(共感)とする場合もある。訳語の混乱の上に、共感の定義内容に関する多様さが、さらに問題を複雑にしている。即ち、感情移入の元来の意味はこちら側の感情が相手側に反映されることである。こちら側の感情が先行し、その結果相手側に同じ感情を認知することである。これに対し、共感を相手側の感情が先行し、その結果こちら側に同じ感情が誘発されることと考えることもある。
ここで、共感と同情の区別を書いておく。共感とは、文字通り相手と共にする、つまり相手の内なる立場に立って、相手が考え、思い、感じていることを、同じように感じとり理解することをいう。しかも、相手との間には適当な心理的距離を置きながら相手の感情に巻き込まれないようにしなくてはならない。さらに、相手に対する共感的な理解を示すためには、主観的、情動的な理解だけでなく、客観的、知的な理解もあわせて必要となる。一方、同情とは、相手と同じような情を持つという意味ではあるが、相手の立ち場に立って理解するというよりも、自分の側から、自己の体験や価値観とった枠組みを持って、相手の気持ちなり考えを推しはかろうとするものといえる。したがって、相手が直面している問題や経験している事柄に対して、相手が抱いている感情なり思いはこの様なものだろうと推測のもとに、自分の感情や思いといったものを相手に投影しているにすぎない。
そこでまず、認識の種類をその対象により、物について、私自身によって、他者の自我についての3つに分け、3番目の他者の自我についての認識の源が感情移入としている。この他者に対する自我の感情移入は、対象の知覚と同時に知覚者に生じるのであり、これは本能に基づいて起こり、これが、人と人とを結びつける機能を持ち、社会関係を作り出す基本であると論じている。この機能については、春木(1975)やホフマン(Hoffman,1977)も指摘している。
リップスは実験心理学者ではないので、実験や調査によって感情移入を明らかにしようとはしていない。しかし、感情移入は、1.対象の知覚に基づく 2.観察者自身の生活要素を土台とするが、外部から観察者に強制された意識(感情)体験であり、3.あくまでも対象の属する物として、観察者に体験される、とする点が、今後の共感の実証的研究に反映されている。
バーガー(Berger,1962)は、「代理的喚起による条件付け」の中で、「ある人(遂行者)の情動反応が他の人(観察者)の情動反応を誘発し、しかも二人の情動反応が同種の反応ならば、遂行者と観察者の関係は共感的である」と定義し、情動反応が異なる場合は、快・不快の組み合わせによって、妬みやサディズムにあたるとしている。この共感の定義は、彼が共感を代理性の古典的条件反応であると考えていることによる。即ち、ある刺激のもとで、遂行者(P)に無条件刺激(UCS)が与えられ、それに対して遂行者が無条件情動反応(UER)を示したとき、観察者(O)は遂行者のUERに対して、代理的に情動反応(ER)を喚起され、共感反応が生じる。その際に重要なのは、遂行者のUERによって、観察者がERを起こすことである。
同様に、佐藤(1967)は、行動理論的アプローチから、共感とか模倣は、互いに出会った二個体における顕在的な一致的反応の生起であるとする。彼は、モデルの情動的レスポンデント反応が刺激になって、観察者に情動的レス本デント反応が生じることを広義の共感と定義している。そして、モデルの反応(観察者にとっては刺激)と観察者の反応との結びつきによって、生得的共感と獲得的共感に二分する。このうち、獲得的共感反応が生じるためには、観察者が同様な刺激によって、自分自身が情動反応を体験していることが前提となる。なぜなら、そのような自己の体験は、反応フィードバック二よりその際の刺激と情動反応とは条件づけられているはずであり、その上で、モデルの反応(刺激)は潜在的な共通反応に媒介されて自己の内的刺激の般化刺激になると考えられる。その結果、モデルの反応(刺激)は、条件刺激として機能し、共感反応を誘致すると考える。
以上、条件づけないし行動理論からのアプローチは、共感を1.古典的(レスポンデント)条件反応と考え、さらに2.遂行者(モデル)情動反応と考えるという特徴がある。
しかし、モデルの反応を単なる反応と知覚するのか、それとも情動反応と知覚するのか、あるいはモデルへのUCSやモデルの顕在的な反応(UCR)のどの面が、観察者の情動反応のCSないし、UCSになるかは,バーガーにおいては観察者(O)の認知の問題であり、佐藤においてはOの過去の学習の問題とされる。
ホフマン(Hoffman,1977)は、共感の定義は、他者の感情や思考などに関する認識の問題であると考える認知的発想と、他者に関する代理的感情反応と考えるものとに二分できるが、両者は相互作用があるとしている。彼の関心領域は後者にあり、「共感は、観察者又は観察者の置かれた状況に対する直接の反応ではなく、他者についての代理的反応として、観察者に生じた感情である」と、定義する。そして、定義の中心は、代理的感情喚起の過程であり、観察者の反応の真実性、即ち、モデルの感情との一致の程度と、反応喚起の手がかりの型とは定義に含まれるべき性質のものではないと考えている。なぜなら、例えば、真実性は年齢とともに増してくると考えられるので、発達研究の変数として取り上げるべきものと考えている。
不快の感情と自分の身体反応から生じる刺激の融合、ぼんやりと知覚された他者とその状況との融合などから全体的な共感的悲しみ反応を示す。
初めて共感的悲しみの能力を持つようになり、自分ではない他人が被害者であると意識し始める。しかし、まだ、自分の内的状態とが区別できていない。
他人の感情や思考が、時には自分と違っていること、他人の見方や感じ方がその人の欲求や事象の解釈に基づいているらしいことを自覚しはじめる。
一時的な、その状況に依存した悲しみだけでなく、他人の一般的な悲しみの状態のイメージによっても共感的に反応できるようになる。
以上の段階を経て、共感的能力は発達すると考えている。彼の理論は、年齢に伴う変化、認知能力の発達、情緒や動機過程の成長などといった、幅広い発達的観点に立って共感を捉えている。

 

[ 52] 「同感(共感)」とは
[引用サイト]  http://www.blk.mmtr.or.jp/~panic3/part12.html

何らかの可能性の他者に対しての「現状の相対的高レベル化」における効用と、その対象とされる人々への配慮について目次:
「同感(共感)」(sympathy)という語自体はそれ以前にも当然存在したようであるが、それを著者がここで取り上げた理由に近いそれで大きく取り上げて定義を与えたのは、18世紀のイギリスにおけるアダム・スミスであり、その先鞭としてのデイヴィッド・ヒュームである。
その時代、フランス革命において極度に現れるように、「理性」の偏重が示されている。つまり、当時の主流派の人々は人間の「理性」によって社会が形作られることを当然としていたのである。
しかし、そのような状況にもかかわらず、D・ヒュームは感性の「理性」に対する優越を訴え、A・スミスも事実上それに追随している。そうすることによって、彼らは「理性」ではなく感性を中心とした社会の成立を論証しようとしていたのである(ただし、ここで断っておかなければならないのは、著者が近年流行の、「理性」ではなく感性の時代が待望される、というような単純な人間観を肯定しようとしているのではないということである)。
そして、冒頭でも述べたが、スミスにおいては、利己心をもつ個々人がそれぞれに孤立するのではなく結びつきをもつゆえんを、「理性」や損得の問題にではなく、ここで扱う「同感」という感性に深く関わる思考様式にまず求めたのである。その結果、彼において「同感」は、社会形成原理にまで高められたと言われている。
「同感」においては、ヒュームにおいてもスミスにおいても、想像による他者の経験への追体験によって感情をもつことが必要とされる。
なぜそうなるのかと言えば、スミスの言葉を借りれば「われわれは他人がどんな感じを抱いているかについて、なんらかの知識をもちうるのは、ただ想像の働きによってだけである。」(アダム・スミス〔米林富男訳〕『道徳情操論〔上〕』〔未来社、1969〕、42ページ)ということである。
ただし、スミスにおいては、単に他者の経験を想像するだけではなく、やはり想像力を使うことで、「いわば他人の身体に移入して、ある程度までその人間と同じ人格になって」(A・スミス、前掲書、42ページ)そうすることにより、その経験があたかも自らの身の上に起こったものであるかのように受け止めるものとされている。
もっとも、想像上での追体験の対象となる経験や、他者の立場、事情がよく分からない場合には、前者であれば少なくともある程度の詳しい知識が得られるまで、その想像は難しいのであるし、後者であればとりあえず一番そうである可能性が高い平均的な人間が念頭に置かれることであろう。また、想像力に欠ける人物の場合や、あまり深く考えない場合、反射的に「同感」が働いた場合などには、相手の立場や事情にまでは思いが巡らず、単純に自分の身に対象となる事柄が起こった場合を想定することになる可能性が高いであろう。
更に、やはりスミスにおいては、経験の実際の主である他者のそれへの反応と見比べて、そこでその経験の想像上での追体験を行う者が、違和感を抱かずにそうできるかどうかが同時に問題となる。これは経験の主である他者がそれによってもつことになり、無意識にも表明しているそこでの感情〜時に無反応〜をその想像上での追体験を行った観察者が適切だと認められるかどうかの問題なのである。
勿論、想像上での追体験をする際には、基本的には他者の身になったつもりにもなるのであるが、それでも当然自らの本来の感性や考え方は殆どの場合常に保持されているのであり、それらの、つまりは個性の相違に関しての配慮は常になされ得るものの、他者の感情の行き過ぎ、もしくは不足は常に指摘され得るのである。
そして、観察者がその経験の主の確認できる範囲でのそこでのそれ(ただし、そうは言ってもそれに関しては観察者が思い込みで勝手な読み取り方をしてしまうこともある)をその場において適切であると認める場合、つまりは「同感」する場合、その当事者に生じたそこでの感情にかなり近いそれを観察者もがもつことになる。
しかし、「同感」とは言っても、完全なそれもあれば、一応のそれ、部分的なそれというものもあるわけであり、「同感」したからといって観察者が手放しに当事者のそこでの感情にかなり近いそれをもつとは限らないであろう。そして、観察者が当事者の確認できる範囲でのそこでのそれに、部分的にであっても「同感」できないのであれば、当然その観察者は自分自身がその経験に関して最も妥当であると感じるそれをもつことになるであろう。
これまでの言及の頻度にも現れるように、「同感」に関してはヒュームにおけるよりもスミスにおいて詳細かつある程度満足の行く分析がなされており、著者も基本的にそれに賛同している。そのため、これからもA・スミスの述べる「同感」を基礎として、著者の「同感」に関する見解が順次示されることになる。
何らかの可能性の他者に対しての「現状の相対的高レベル化」における効用と、その対象とされる人々への配慮について目次:

 

[ 53] 頑固な相手も心を開く「共感型」説得術
[引用サイト]  http://www.president.co.jp/pre/20030714/002.html

話をする前からすでに答えを決めているような相手を説得するにはどうするか。自分の主張をいくら洗練させても、こういう場合は効果がない。上手なコミュニケーターは膠着状態においてこそ相手の立場に立って物を考えるのだ。
職場ではしばしば、すでに考えが固まっている人たち、自分の考えとは事実上、正反対の考えを固守する人たちと相対する。自分は自分の考えを、相手は相手の考えを主張して、どちらも頑として譲らない。この膠着状態をチャンスに変えて相手をこちらの視点に引き寄せるには、どうすればいいのだろう。
モチベーションと説得についての専門家は、この難しいゲームで成功するには次のようなステップが有効だと言う。最初の、そして最も重要なステップは、相手をよく知ることだ。
「人を説得するには、自分の話の内容を相手に理解させることに時間とエネルギーを注げばよいと、ほとんどの人が思い込んでいる。だから、事前の準備は話の中身を練ることが中心になる。しかし、本当に必要なのは、まず相手の立場を考慮する姿勢だ」と、バージニア州アーリントンの経営コンサルタント、リック・マウラーは言う。
「ピーター・ドラッカーが、『コミュニケーションは話し手ではなく聞き手の頭の中で生じる』という意味のことを言ったことがある。上手なコミュニケーターが目指すべきは、自分の口から出るあらゆることを、聞き手の頭の中にすでに存在しているものと関連づけることだ」と、ニューヨークを拠点に活動しているコミュニケーションの専門家アン・ミラーは言う。
「人は記憶と経験の集合体であり、そうした記憶や経験を通じて世界を把握し、感覚を発達させ、頭や心に入ってくる新しい情報をろ過する、ということを理解する必要がある。最も巧みなコミュニケーターは、この事実を理解し、アナロジー(類比)やメタファー(比喩)を使って共通の理解と同意に達することによって反対を乗り越える」
相手を理解するということは、相手がなぜ反対するのか、つまり彼らに「ノー」と言わせているものは何なのかを理解するということだ。一方的に説得しようとするのではなく、相手の反対を生み出している三つのレベル──それらは互いに絡まり合っている──という観点から反対を捉えることでそれを乗り越えよう。リック・マウラーは、自著『Why Don't You Want What I Want?』でそう主張している。三つのレベルのうちの二つは本質的には感情的なものだ。
マウラーの説明によると、彼がレベル1の反対と呼ぶものは、提出した案の内容に関係がある。メッセージの解釈の仕方において、相手が自分と意見が異なる場合だ。これはたとえば「どうもピンとこないね」といった言葉で表現される。
レベル2とレベル3の反対は感情から生まれるものだ。レベル2の反対は、こちらの案に対して相手が抱く恐怖感に根ざしており、「その案は気に入らない」といった言葉で表現される。例としては、経営側が、大規模な事業再編に伴い、ダウンサイジングの可能性があると発表したときの社員の反応が挙げられる。社員が反対するのは、職を失うかもしれないという恐怖のためだ。
最も乗り越えにくいのはレベル3の反対、つまり、意見そのものに反対しているわけではなく、意見を述べる人間、またはその背後の組織に異議を唱えているというものだ。つまり、相手の本音が「あなたが嫌いだ」という場合である。
これら三つのレベルのうち二つ以上が絡むケースもあるかもしれないが、相手を自分の側に引き寄せるチャンスをわずかでも見出したいと思うなら、焦点をあてるべきはレベル3の感情だ。「レベル3の反対を重要かつ正当なものとして扱わないことが、多くの人が反対を支持に変えられない大きな理由だ」と、マウラーは言う。
相手の視点からものを見て、信頼を勝ち得るためには、相手の言葉にじっくり耳を傾けることが必要だ。そうすることによって初めて、相手がこちらの視点からものを見るようにもっていくことができる。
ウィスコンシン州で活動するコミュニケーションの専門家、リン・グレンシング=ポファールは言う。
「説得力云々の前に、まず相手に信頼してもらえるだけの理由を提供しなくてはいけない。そうすることで初めて相手は自分に好意を持ち、こちらのメッセージを受け取り、それを好きになろうとしてくれる可能性が高まる」
相手の話を聞きながら、その人がどのような方法で情報を取り入れる人間かを見定めよう。そうすれば、自分の主張を最も効果的な方法で打ち出すことができる。
ニューヨークの広告会社、KCSAのアカウント・ディレクター、ティム・ヘファナンは、大学時代に政策研修生として働いていたとき、相手の言葉の選び方に注目することで自分のメッセージに対する反対を乗り越える方法を学んだ。「人間は3通りの方法で学習する。聴覚、視覚、直感だ」とヘファナンは言う。「その人の主な学習スタイルは、『I hear you(おっしゃりたいことが聞こえます。わかります)』『I see what you're saying(おっしゃっていることがよくわかります)』『I feel……(……のように感じます)』といったフレーズの選び方に表れる。相手が聴覚的な表現を多用する場合には、同種の表現で対応する。『It sounds to me like ……(私には……のように思われます)』という具合に。相手の学習スタイルに合わせることで、情報処理法の違いによる対立を克服できる可能性がぐんと高くなる」
説得という難しいゲームでは、非言語コミュニケーションを言語によるメッセージと一致させることが重要だ。言葉で強気なことを言っていても、ボディー・ランゲージでは弱気なことを伝えていたのでは説得力がない。
コルゲート大学の心理学教授、キャロライン・キーティングが行った調査によると、わずか4、5歳の子どもでも大きな説得力を示すことがあるという。彼女の調査では、自分の集団に対して最も大きな影響力を発揮した子どもは、人をだます能力もきわめて高かった。大人についても同じ結果が出た。
「われわれは被験者のウソをつく能力に関心があったわけではなく、演技の技術を見たかっただけだ」とキーティングは言う。
「だが、忘れてはならないのは、われわれはリーダーに常にウソをつくよう求めているということだ。悩んでいるときでも自信満々に振る舞い、疲労困憊しているときでも元気一杯に見せるというふうに。だからこそリーダーなのかもしれない。彼らは非言語の行動によってわれわれをコントロールし、元気づけることができるのだから」
一方、非言語の行動は説得の努力を損なうこともある。それは、反感を呼び起こすきっかけが人間の認知レーダーでは捉えられないほど微妙なもので、人々は自分がなぜその人物を嫌いなのか気づきさえしないためだ、とキーティングは指摘する。
相手の反対を乗り越えるために、自分の非言語の行動をモニターする必要性についてこれまで考えたことのない人は、ぜひ考えてみるべきだと彼女は言う。言葉によるメッセージと同じくらい、非言語の行動もリハーサルする必要があるのだと。
説得の最後の秘訣は、意見が対立する議題だとわかっている場合には、自分の考えを述べる前に相手の考えを並べ出すことだ。
「最初に両方の主張──相手側の主張と自分の主張──を並べる。そうすれば、相手は反論を述べるチャンスを奪われ、解決策を見つける作業に関与せざるをえなくなる。人々をルールづくりに参加させると、彼らがそのルールを守る可能性は高くなるということだ」とキーティングは語る。
相手の視点を考慮に入れるためには、かなりの熟考と練習が必要だ。しかし、その努力は十分に割が合う。長期的な関係を構築し、維持することが短期的な損得より重要とみなされる環境ではとくにそうだ。そして、長期的な関係を重視する傾向は、似通った目標を持ってはいるが、それを達成する方法については意見が異なる他部門や他社との提携を戦略の柱にしている組織において、とみに顕著になってきている。

 

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